
飯島愛の学歴と若い頃・生い立ち!出身高校・中学・小学校まとめ
成人向けビデオの女優として人気を博し、1990年代から2000年代までタレントとして活躍した飯島愛さん。
今回は、飯島愛さんの学歴や出身大学・高校・中学・小学校、生い立ちや若い頃をまとめて紹介します。
飯島愛さんは3兄妹のお姉さんとして育ちます。両親はともて教育熱心で躾に厳しく成績が良かったものの押さえつけられていたため大人しい子供だったそうです。
中学生になると両親には反発していたようですが、唯一祖父だけには心を開いていて、祖父が亡くなったことで心の均衡を失って両親への反抗から非行に走るようになったそうです。
家出を繰り返すようになり、家族が繁華街を歩き回って探したことも、一度や二度ではなかったようです。
不良仲間と毎晩ディスコに入り浸るようになり、遊ぶお金を工面するために万引きや恐喝を繰り返していたそうです。
高校に入るまでは、当時の彼氏の部屋で同棲生活をしていました。
高校中退後は六本木のクラブでホステスとして働き始めました。
飯島愛さんはしばらく六本木のホステスとして働いていたそうですが、その容姿から成人向けビデオの女優として関係者にスカウトされて、1992年にその業界に飛び込みました。
「飯島愛」という芸名は当時勤務していたクラブのママが「誰からも愛されるように」という想いを込めて名づけてくれたそうです。
成人向け女優として一世を風靡し、当時ではトップクラスの女優となっていきました。
学生時代について両親がインタビューに答えています。
「もう帰ってくるな!と叱ると、ほんとうに帰ってこないこともあったようです。
両親も、根は悪い子ではないことがわかっていたので、それが救いでしたよ。どこの親もそうじゃないですか?どんなときも、どこかでは娘を信じているようなところがありました」と父親がインタビューで話していました。
また、母親は
「テレビで活躍していた頃、娘が私をニューヨークに連れて行ってくれたことがありましてね。ハドソン川のほとりで2人でお茶をしていたときに、娘に聞かれたのです。『お母さん、幸せでしょ?』って。『今はとても幸せ。でもここまで来るには、いろいろあったわね』と返事をしました」
苦労は多かった。地獄も見た。でも今はいい思い出だけが残ると話しておられました。
飯島愛さんの学歴:若い頃について
出版を機会に、作家としても活動を開始し、「週刊朝日」にコラム『飯島愛の錦糸町風印税生活』を執筆するようになります。
その傍らで性病感染予防のイベントなどに出演して啓蒙活動に務めるなど社会貢献もしていました。
そして、口癖だった「ワタシ的には…」が2000年の流行語大賞でトップテン入りし、飯島愛さんは授賞式に参加していました。
2005年にブログの執筆を開始しましたが、この頃には相当心身ともに疲れきっていたようで、ブログ内では個人事務所の経理担当から数千万円を着服されたことなど赤裸々に綴っていました。
1993年にデビューシングル「ナイショ DE アイ!アイ!」で歌手デビューしており、オリコンチャートランキングで87位を記録しました。
タレントとして安定した飯島愛さんは1994年にアダルト向け女優を引退し、完全にテレビタレントとして活躍していきました。
2000年に自身の自叙伝的小説である『プラトニック~』を出版し、自身の半生で体験した暴力事件や成人向け動画出演と性病感染、妊娠と中絶、美容整形をしていたことなど赤裸々に綴ってベストセラーとなりました。
まとめ
今回は、飯島愛さんの学歴や出身大学・高校・中学・小学校・生い立ち・若い頃をまとめて紹介しました。飯島愛さんは、良い事も悪い事も経験してきたからこそ人の痛みがわかる人だったと思います。
生きていれば、現在は51歳になっていて、様々な場面で活躍していたのではないかと思います。また、自分の経験を基に人の役に立っていた事だと思います。
非常に勿体ない人を亡くしたように感じます。
飯島愛さんを忘れないことが彼女にとっても1番の供養になるのではないでしょうか?